PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

誰もがチーム医療メンバー

チーム医療を、どう考えておられますか?
正直、チーム医療など、ありえないと思う方も医療者の側に
多いと思います。

医療者の側と書きました。
では、他は?

他は患者さんです。

医学のシロウトが、どうしてチームになれるの?ですか?
それはね、同じ人間同士だからなんですよ。
患者さんをとりまく ご家族も、れっきとしたチームの一員です。

介護などが必要な患者さんですと、ご近所の方々も
チームにはいると思います。
みなさんの お力を借りてこそ、病気は回復へと向かいます。
病気とまではいかない場合は、予防になります。

チーム医療とは、病気の患者さんを回復に導く
メンタル面も含んだサポートということになります。
しかし、これは狭義な 意識レベルだと考えています。
(あとで、書いていきますが)

しかし、ひずみは どこにでもあります。
医療者同志でのズレですが、これは どこの職場に
おいても 似たようなことがあると思います。
患者さんよりも、プライベートを優先してしまいがちになります。
プライベートというのは、個人的な社会生活ということではなく、
個人の感情です。

複数 人間がうごめく職場では、特に女性看護師の間では
大奥さながらのバトルがあります。
いえ、あるところもあります。
それに看護助手も絡んで 派閥ができ、おダンゴ状態です。

だれそれが ああ言ったとか言わないとか、まことしやかに
ウワサが飛び交います。

そんなことに、心を奪われていては、患者さんの顔色、その ご家族の
悩みなんて知る由もなし。
患者さんも話しづらい空気を感じます。
 
これは、患者さんは もとより、ご家族も知りえないシークレットな
部分ですので、たちまわりようがないのです。
ただ、なんとなく スタッフ間の空気がよどんでいて、どこに言っていけば
いいのか?
気の弱い患者さんは、ひたすら 言葉を投げかけてもらえるのを待ちます。

上司の前でだけ、うまく振る舞う人間もいます。
してやったりと思っているのかもしれませんが、そんなこと
とっくに お見通しです。
お勉強や瞬発力がよくても、そしてリーダーシップが取れても、人の痛みが
わからない人間では冠だけの役職でしかないということです。

えらそうに書いていますが、自分のことを考えてもそうです。

病院のことだけ考えても、患者さんのことだけ考えても、全部の
ことを考えても、八方塞なとき。これを打破できるかどうか?
怜悧な判断、いえいえ ここで判断と決めてかかることがすでに
狭い。
ひらめきがない。
殺伐とした職場、乾いた人間に、なってしまいます。


内輪のもめごとはさておいて、医学の知識がない患者さんが
なぜ、チームの一員であるか?ということに話を戻します。

これは、個人レベルの問題では、医療崩壊を食い止められない
ところまで、人としてのモラルが低下していることに、あります。

ですので、チーム医療の一員と言う少しアカデミックな 言葉で
誘いながらも内心は、もっと医療を提供する側のことを考えて
ください。が、本音だったりします。

おかしな話ですが、モラルのない患者さんから、医師や看護師を
遠ざけたいとすら思うこともあるのです。
私みたいな薄い人間では、その壁は築けません。

まず、医療者は、(良心的な)患者さんに負い眼をかけたくないので
できるだけ、向き合うように努力をします。
特に、小児科医などは気長に患者である子供さん、そして子供の
様子を心配している母親に、全身全霊をもってして 尽くします。
その結果、モラルの低下した親たちは、いつでも診てくれるから
安心←これは、そう思っていただけるのは、信頼あってこそなので
嬉しいことです。
ですが、これを逆手に取り、コンビニドクターにしていませんか?
と、言うことなのです。

おとなもそうですね。
健診に来られる方は、まだ優等生です。
あたりまえなのですが、現状では優等生です。
これだけ医療者が不足している今、患者にならないためには、早めの
検査が必須になります。
それで早期発見でき、慢性化を防げる疾患もたくさんあります。

それを、怠っておいて、たいへんなことになり救急車で、かつぎこまれる
患者さん。
もちろん、医師は、その場で懸命に治療にあたることしかしません。
特に救急医は、健診を受けてくださいよーなどという余裕もないはずです。

TVで、華々しいスポットが浴びせかけられる医師が、活躍できる後ろには
たくさんの医療者、そして、その医療者を支える ご家族がいます。

大きく言えば、地球のみんな みんながチームなのです。

戦禍の国で医療ボランティアをするスタッフたちは、その国の人たちを
愛しています。

こどもたちのキラキラ輝く希望に満ちた目。
ほんとうは、たいへんなんですよ。家族は殺されてしまい、自分ひとりで
生きていかなくてはいけない状況なのですから。

そして、病気の子供を、見知らぬ国の 言葉も通じない医療者にまかせる
不安など微塵も感じない、感じさせないのではなく、本当に心から 
自分たちを信じたよってくれていることに、生きる勇気さえもらえるから
だから、日本でも頑張れる・・・情けないことですが、そういう現実も
あるということなのです。

そんなふうに 医療者の使命感を高揚させる現場のようです。

そういうスタッフの目には、この国の人たちは、心がてんでバラバラ。

自分さえよければ いいという気持ちをもっていることすら、気づいて
いないほど、良くない部分での自己主張がまかり通っていると、
見えています。

すべての職業が、お客さんに支えられ、育てられます。
そうは、思いませんか?
子育てもそうだと聞きます。
親は、子供に親にしてもらうのだと、聞いたことがあります。

医療者は、患者さんに甘えてはいけないと感じています。
きちんと、やろうとしている人ほどそうです。
しかし、患者さんに育ててもらっていることも事実です。
あまり、自分を理想に近づけようと、心を堅くしていると、まいります。
技術や、知識や、向上心、研究心がゆるむことは、問題ですが、
時には、弱音を吐くのもありです。

忙しい は、禁句でしょう。

でも、正直、医者に●投げには しないでくださいなー。
聴診器くらい一家に、ひとつ。
血圧計もそろえてください。
と、言いたいですね。

聴診器のことは、日野原先生も 命の教育ということで、早くから
“もちましょう。つかってみましょう。自分の血圧を知りましょう”と、
言われてますので、みなさん ご存知とは思います。

いかがでしょうか?

聴診器の お話も ちかいうちにしましょうね。



| 医療 | 00:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑















非公開コメント

http://openend.blog37.fc2.com/tb.php/152-c0f6fc31

PREV | PAGE-SELECT | NEXT